先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
たまたまだと思うが、最近立て続けに「『またね、富士丸。』に救われました」と3人くらいから言われた。イベント会場で話しかけられたのだが、新たな犬を迎えた人、まだその気になれず寂しさの中にいる人、それぞれだった。いずれも何かで調べて本を見つけて読んで私を知ったという。
つらい記憶の中で書いた思い出
お礼を言われても「誰かを救おうと思って書いたわけではないけど、良かったです」と微妙な返事をするしかなかったが、もう16年前に書いた本である。
しかも、書きたくて書いたわけではなく、師と仰ぐライターの大先輩の野々山義高さんが勝手に出版社と決めてきて、当初は「そんなの書けませんよ」と断ったのに「いいから書け」と強制されて書いた本だ(普段の野々山さんは優しいのに)。
書いているときは、ひたすらつらかった記憶しかない。文字通り、涙をボロボロこぼしながら書いていた。
けれど今振り返ると、書いておいてよかったのかなとも思う。救うつもりなんてなかったけど、救われたという人がいるのなら。
16年経っても薄れない記憶
16年経って不思議に思うのは、未だに『
富士丸 』と過ごした日々の記憶は薄れないことだ。たまに写真を見るが、どこへ行ったときのものか、だいたい覚えている。他のことは16年も前のことなんて何ひとつ覚えていないのに。
渋谷区初台の桜並木や、代々木公園のドッグランや、奥秩父のキャンプ場、戸隠の夜空など、あいつと一緒に見た景色や風景はなぜかはっきり覚えている。
きっと、犬と暮らす人はみんなそうなのではないかと思う。先代犬と別れてしばらくはひたすら辛く悲しく、気力も何もかもなくなる。ずっと何かが足りないけど、何が足りないのか、絶対に埋まらないことも分かっている。
そして犬との記憶が薄れていくことに恐怖を感じたりするが、何年か経てば全然薄れないことに気がつく。
愛情も含めて、心の中にどんと居座る。私はなんでもかんでも忘れていくのに、富士丸だけはずっといる。犬って、不思議な存在だ。富士丸と過ごしたのは、たった7年半だったのに。
2026年8月、大吉は15才になった。富士丸の倍以上の時間を一緒に過ごしていることになる。福助は12才である。もうそんなに経つのか、と思う。大吉は普通に歩けるし、目も白くない。福助にいたっては今でも毎日ドッグランを走り回っている。
これからも、できるだけ遊びに出かけよう。普段は意識はしてないけど、大福と一緒に行った場所や、一緒に見た風景は、きっと一生忘れないんだと思う。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」 というブランドを立ち上げる。2023年11月、犬のために八ヶ岳へ移住する
ブログ「Another Days」
ツイッター
インスタグラム
大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。
『犬のために山へ移住する』(草思社刊)