先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
犬と暮らす人は実感していると思うが、外でしか排せつしたがらない犬も多い。子犬のとき、あれほど家の中でオシッコもウンチもさせて「どうやったらトイレの場所を覚えてくれるんだろう」と悩んだのが何だったのかと思うほど、家の中ではしなくなる犬が多い。
犬のトイレ問題は野生の名残か?
子犬時期のそそうから一歩進んで、家のトイレスペースでするようになっても、ある時期から拒否するようになる。
わが家がまさにそうで、彼らが年老いたときのことを考えて、寝る前に階段を登り降りして外に用を足しに行かなくていいよう、パントリーに設置したトイレスペースでオシッコしてもらうのを習慣にしてもらおうと思っていた。
そこまで連れていってトイレシートを指さしながら「ほら、ここでオシッコして」と促す。そうする大吉は嫌々ながらしてくれるのだが、福助はある時期からまったくしてくれなくなった。
もよおしていないのか、でも朝までは長いからと外に出してみると、オシッコする。なんだしたいんじゃん、ということは家の中ではしたくないのか。拒否されて外、拒否されて外、そんな日が続いた。
私は動物病院など、必要なことはどんなに嫌がられても諦めてくれるまで折れないが、それ以外はなるべく犬たちの主張に折れるようにしている。そこで、寝る前のトイレに関しては、外に出すことにした。年老いて足腰が弱くなったら抱っこして連れて行けばいい。
がまんをするのは本能なのか?
それはそれでいいが、ひとつ分からないことがある。それはお腹がゆるくなったときだ。昼間なら落ち着かない態度を見ているとだいたい分かるからいいが、夜中、寝ているときは気付けない。
夢の中で、なんだかそわそわ歩き回る足音が聞こえてくる。それに気がついてハッと目を覚ますと、玄関のドアの前でクルクル歩き回っている。「やばい!」と飛び起きて、玄関に急ぎ外に出すと、早足でウンチングポイントまで行き「間に合ったぁ」という顔で用を足す。大吉も福助も、こういうことがちょくちょくある。毎回「吠えて起こせよ」と思う。
そもそも「家の中でウンチをするな」なんて私は1度も言っていない。誰だってもよおすことはある。一刻を争う感覚も分かる。だから家の中でしてもらったほうがいいに決まっている。
けれど、トイレシートは、君らが拒否したから今はどこにもない。だから耐えられなくなったら玄関だって床だって、布団以外ならどこでもすればいい。後で掃除すればいいだけだ。気付いてやれなかった私も悪い。
なのに彼らは気付いてもらえるまで、耐える。かたくなに、耐える。大吉も福助も「家の中ではオシッコもウンチも絶対しない」と心に誓っているかのようだ。自尊心なのかプライドなのか、本能なのかは分からない。
でも、吐くのはかまわないらしい。理由は色々あると思うが、犬も猫ほどではないものの、ちょくちょく吐く。
そんなときは、大福共にためらわず、躊躇なく吐く。それも掃除すればいいだけだから別にかまわないが、どういう基準で「あり」、「なし」を決めているか謎すぎる。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」 というブランドを立ち上げる。2023年11月、犬のために八ヶ岳へ移住する
ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。
『犬のために山へ移住する』(草思社刊)