先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
前回 も書いた通り、もともと私はインドア派だった。海にも山にも興味がなく、スポーツ全般も大嫌いだった。だいたいなんでそんな疲れることをわざわざしないといけないんだよ、と部屋にこもってギターを弾くタイプだった。
山の家で新しい扉を開く
それがいつの間にか、というか犯人は先代犬の
富士丸 なのだが、彼が喜ぶからと頻繁に山や川に出かけるようになり、同じ理由で大福のために山の家を手に入れて今に至る。
もうこれでおしまいかと思っていたが、また新たな扉を開いてしまった。それが登山である。きっかけは、
私のブログ やこの連載を読んで山の家について相談され、その後、実際に山に家を手に入れたご夫婦から誘われたからだ。その家にも
ヤマト という犬がいて、犬連れで近所の犬OKの居酒屋『
MIC HOUSE 』に飲みに行ったときだった。
そのご夫婦と従兄弟は登山が趣味で、よく犬連れで山登りをするという。「よければ今度一緒に登りませんか?」と誘われたが、体を動かすことは大嫌いなままなので、そのときは「お金もらっても嫌」と断った。登って降りるだけの何が楽しいのかさっぱり分からなかったからだ。
しかしその後、50歳を過ぎて知らないことをやってみるのもいいかもしれない、と思い直した。やってみて嫌なら、止めればいい。食べず嫌いで終わるのが、なんだかもったいない気がしたのだ。
そこで、そのご夫婦に山に登るときに必要な装備を聞き、まず靴を買った。あとはおいおい揃えればいいらしい。コースも初心者向けを選んでもらい、先導してもらうことになった。最初に登るのは、山の家からほど近い入笠山(にゅうかさやま)に決まった。1955メートルの山で、途中まで犬も乗れるケーブルカーがあるとのこと。それなら楽か。唯一の気がかりは、福助の体力だった。大吉は問題ないが、福助は山の家周辺の散歩でもよくバテて帰りたがる。果たして大丈夫だろうか。疲れて歩かなくなったら、抱きかかえるのは大変だ。
初登山で知った大福の意外な反応
そして、当日を迎えた。朝9時頃に出発するというゆるいスケジュール。まずケーブルカーに乗り、中腹(?)あたりまで行き、そこから歩いて頂上を目指す(大福に服を着せているのはノミ・ダニ対策)。
登り始めてまず驚いたのは、福助の足取りの軽さだった。散歩のときは人の後ろを歩く福助が、ズンズン前に行く。最初はグループの後ろを歩いていたが、どんどん抜き去って遂には先頭を歩く。その後ろ姿が、とてもうれしそうなのだ。これには驚いた。
振り返ると、妻と歩く大吉もうれしそうな顔をしている。途中で岩の多い急な上りになったが、福助のペースは落ちない。ときどき振り返って、ニコニコしている。なんだお前、山登りが好きなのか?
私も大嫌いなジム通いのせいか、特に疲れを感じない。息もあがらない。嫌いでもジム通いを続けていてよかった、と思った。
この日は週末だったこともあり、多くの登山者がいた。意外だったのが、犬連れの人が結構いたこと。さらにその犬たちの中に、小型犬が多かったことだ。柴はまだ分かるが、マルチーズやトイプードルが、みんなうれしそうな顔で歩いていた。なぜか大型犬は見なかった。きっと彼らも大喜びすると思うのだが。
(注)伸縮リードを持って撮影をしています
そして、頂上に到着。この日はあいにく霧っていて景色はそれほど見渡せなかったが、私としてはそんなことはどうでもよかった。大吉や福助、それにヤマトがうれしそうに顔を輝かせている姿が印象的だった。お尻をぷりぷりさせながら登っていく福助の後ろ姿を見ていて、とてもうれしく感じた。
これまで、犬が山ではうれしそうな顔になることは知っていたが、そうか、登山も好きなのか。それは知らなかった。もっと早く登山に連れていけばよかったとさえ思った。
予想通り大吉は余裕だったが、福助も楽勝だった。彼らも12才と9才だ。よし、山に
完全移住 するし、これからは山に登ろう。強くそう思った。
私の場合、頂上での達成感とか、景色なんてわりとどうでもよかった。それより、犬がうれしそうにしている。それだけで登ってよかったと思った。
というわけで、誘ってくれたご夫婦に感謝しつつ、次回は泊りがけで登山する約束をした。私の登山の条件は、1つだけ。犬と一緒に登れること。だから険しい山には行かないし、冬山に登る気もない。聞いたところ、これまでヤマトとたくさんの山に登っているそうだから、そういうところを教えてもらおう。
まさか私が、山登りするようになるとは思わなかった。でも登ってみて、よかった。また1つ楽しみが増えた。
今これを読んでいる人は、「本当に?」と思うかもしれない。でも、これだけは犬と暮らす人に伝えておきたい。犬は、山を登るのが好きらしい。ウキウキしながら登る彼らの後ろ姿は、いい眺めだよ。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」 というブランドを立ち上げる。
ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。