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犬がいる生活の災難(その3)「穴澤賢の犬のはなし」
犬がいる生活の災難(その3)
はじめて見る表情だったが、助かったことに少しだけ安堵した嫁はいったん帰宅する。大吉と福助が、昨夜から家で待っていたからだ。幸い、事情を聞いた嫁の両親が自宅に来てくれていて世話をしてくれて助かったとのことだった。
医師からは「おそらくライター業の復帰は難しい」と言われたそうだ。なぜなら今回の怪我で左脳の脳挫傷があるので文章を書くのが困難になる可能性が高い。さらに、幸い命は助かったが、ほかにも言語や運動に何らかの後遺症が残るかもしれないことなどを告げられた。
「ここどこ?」
「病院だよ」
「いつからいるの?」
「昨日からだよ」
「何日目?」
「2日目だよ」
「明日帰れる?」
「帰れないよ」
「なんでこうなったの?」
「階段から落ちたんだよ」
「いつ?」
「16日の夜だよ」
「夜?」
「そうだよ」
「学校に行く前に?」
これは嫁のメモに残っていたことなので、事実なのだろう。我ながら「おいおい、お前大丈夫か?」と思うレベルだ。何より、このときの脳の状態が分からない。意識は子ども時代に戻っているようだが、嫁が誰であるかは認識しているらしかった。であれば、記憶をつかさどる海馬は動いていたのかもしれないが、「現在の自分」はどこにいたのだろう。
しかも話すことの何もかもがあちこちへ飛んだという。口調が子どもだったかと思いきや、急に大人に戻ったり、大阪にいるつもりになったり、過去の仕事のことを話したり。コロコロ変わったと思いきや、いきなり「疲れた」といって寝たり。医学的な詳しいことは分からないが、おそらく脳がまともに機能していなかったのだろう。
手術直後はそんな状態だった。現実も把握できていなければ、何も正常に判断できていない。ただ翌日には、ぼそっと「大吉と福ちゃんは元気? あいつらが元気ならそれでいい」と言ったらしい。
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