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手術から入院生活5「穴澤賢の犬のはなし」

手術から入院生活5

1回目 2回目 3回目 4回目からのつづき

何度も書いているように、けがをしてから入院生活に至るまでの記憶が一切ない。交通事故などで一時的に記憶をなくすという話を聞いたことがあるが、今回は階段から落ちた瞬間はもちろん、2018年3月16日の記憶が丸々すっぽり抜け落ちている。友人と食事をしていたときに話したことから、なぜ階段から落ちたのか、何も覚えていない。
もっというと、入院から2週間ほどのことも思い出せない。その間に私は何かと要求ばかりしたり、病院から逃げ出そうとしたり、滅茶苦茶していたらしい。正直に言うと「それは本当に俺だったのか?」という気さえする。というのはその頃、全然違うところにいたからだ。
私は関西方面に行っていた。ある日、付き合いのある(という設定)業社から「君の会社のスタッフにお願いしたい仕事がある」と頼まれた。聞けば全国にタタミイワシを売りに行ってほしいという。しかし私の会社は一応通販業務があって、スタッフには日々その業務を頼んでいる。そもそも売り歩く仕事なんてしたことがないし、なぜうちに頼んでくるのかもわからない。が、なぜか断りにくい雰囲気だった。そのため最終的に「わかりました、俺が行きます」と答えてしまった。

そこから場面は飛んでいる。私は借りた軽バンを運転して兵庫県の明石に向かっていた。指定された場所は街外れのさびしいところだった。薄暗い明け方に到着すると、そこに昭和感の漂う古びた市場があった。明日から物産展があるらしく、そこで売るタタミイワシを持って来たのだ。

早朝のため誰もいなかったが、八百屋などが集まった小さな市場のようだった。その一角に物産展用のスペースが設置されていたので、そこに商品を並べていく。「こんな市場にわざわざ東京からタタミイワシを持ってくる必要があるんだろうか」と思ったが、頼まれた仕事だから仕方ない。

ほどなく準備はできたが、まだ朝は早い。開店までかなり時間がありそうなので、仮眠をとることにして車に戻る。寝ずに運転して来たせいか、運転席を倒すと、すぐに睡魔がやって来て眠りに落ちた。夢の中では、なぜか白っぽい部屋でベッドに横になっていて「どこだ? ここは」と思った。そこで記憶が途切れている。

次に覚えているのは京都だ。明石の後に向かったのだろう。今度は商店街にあるテナントビルで小綺麗だった。しかし着いたのが夜中だったためか、誰もいなかった。どこの店も閉まっていたが、物産展のスペースを見つけたので積んできた商品を並べていく。用意が終わってもまだ夜で、朝までかなり時間がある。

京都といえば、10年ほど前にサイン会をしたことがある。何の本を出したときだったか忘れたが、富士丸と一緒に来たような気がする。しかし、どんな書店だったのか、どこに泊まったのか、そのときの詳しいことがどうしても思い出せなかった。何もやることがなくて、眠ろうかと売り場の隅っこで丸くなったが、床のタイルが痛かった。

夢の中ではまた白い部屋のベッドに寝ていて、そばには嫁がいた。何か話しかけられたが、朝まで仮眠をとりたいし、京都が終わっても次の予定があった。だから「次は岡山と広島に行かないといけないから、少し休ませてくれ」と頼んだ。すると「ちょっと、何言ってるの?」と引いている。そこで「ん?なんか変だな。だいたいここはどこなんだ?」としばらく考え、「もしかして、あっちが、夢なのか?」と聞いた。

それが、3月29日のことだった。
(つづく)
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