先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
この前書いたように、今年の八ヶ岳は雪が少ない。この前少し積もったと思ったら、そんなときに限って大福は妻の実家に行っていたし、すぐに溶けてなくなった。
鼻ズボチャンスがやってきた
だから毎年恒例の福助の「鼻ズボ」は、今年は無理なのかと思っていた。ところが、3月半ばになって雪が降り、今年1番の積雪量になった。25センチくらいは積もったので、鼻ズボチャンスである。雪は朝になっても降り続いていた。
大吉も福助も雪が降っている間は遊ばない。彼らにとって雪は雨と同じ扱いなのか、テンションが低く、散歩から戻るとすぐに家に入りたがる。
スイッチが入るのは、雪が止んで晴れないといけない。大福の雪遊びには天候状態が重要なのだ。だから私は仕事部屋の窓から、外の様子をちらちら見ていた。午後から雨の予報だったので、雪がそのまま雨に変わったら台無しである。びちゃびちゃに解けた雪でも大福は遊ばないからだ。
そう心配していると、昼頃に雪が止んだ。ちょっと晴れ間も見える。今だ、今しかない。仕事を30分中断したところでたいしたことはない。福ちゃんが今年初の「鼻ズボ」ができるかどうか、このチャンスを逃すわけにはいかない。
仕事部屋のドアを開け、「お前ら、行ってこい!」と促すと、福助がドッグランの様子を伺い、雪質をチェックし始めた。
大吉はもともと雪に鼻から突っ込んだりしないが、それでもはしゃいでいたのに最近は年齢のせいか「あぁ、雪か」くらいのリアクションだ。まぁ仕方ない。
雪質チェックを終えた「スノーマイスター福ちゃん」は、ドッグランを飛び跳ねるように駆け回り始めた。合格だったようだ。そして、鼻から雪に刺さった。今年も「鼻ズボ」できたか。あぁ、よかった(このときの動画は
インスタにアップしたので見てみてね)。
この後、雨が降り始め、雪はビチャビチャになった。ほんの少しのチャンスを逃さず、任務を果たした気がした。
先住犬の願いを今かなえている。
ところが翌々日、また雪が降り、今シーズン1番の積雪量を更新した。40センチ近く積もったから、このあたりではマックスレベルだ。その日も、雪が止んだタイミングを見計らって大福をドッグランに放った。
雪の中を駆け回る福助を眺めながら、これも八ヶ岳に移住してよかったことの1つだなと思った。以前暮らしていた鎌倉市腰越では雪遊びなんて、まずできない。その後、2拠点生活をしている頃も、雪が降るタイミングで山の家に滞在していたらラッキーという感じだった。でも今は、雪が降ったらいつでも雪遊びができる。
雪にはしゃぐ福助の向こうに、
富士丸を重ねる。あいつも、さぞ喜んだことだろう。ハスキーの血が半分入っていて、雪の上でうたた寝するくらい寒さに強く、暑さにめっぽう弱かった富士丸だったら、ここは最高の環境だっただろうな、と思う。
山に移住する計画を実行に移そうとした契約前日に彼が亡くなり、すべてを白紙に戻した絶望の夜から16年も経つのに、今でも思い出さない日はない。そう考えると、富士丸にしてやれなかったことをすべて大福に向けているのかな、とも思う。そんなことをぼんやり考えながら、雪に刺さる福助を見て笑っていた。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。
ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。