先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
犬と暮らす人は、家で洗う派とトリミングサロンにお願いする派に分かれると思う。私は昔から、家で洗う派だ。理由は、トリミングサロンに連れて行き、洗った後に迎えに行くのが面倒くさいから。
自宅派、サロン派それぞれ意見はある
トリミングサロン派は、「いやいや、家で洗うほうが面倒くさいでしょ。風呂場で洗うのは大変だし、ブルブルされてあちこちビショビショになるし、ドライヤーもひと苦労だし」と思うだろう。それは個人の考え方だが、いずれにしても面倒くさいことに変わりはないし、定期的に洗ってやらないといけない。
わが家は2頭なので、これまた大変だ。なので、妻と私で役割分担している。まず、妻が風呂場で大吉をシャンプーし、それが終わると私にバトンタッチしてドライヤーで乾かす。
今度は、妻が福助を風呂場でシャンプーしている間に急いで乾かさないといけない。大吉が仕上がった頃、ビショビショの福助が風呂場から出てきて、私が乾かす。この連携でなんとかやっている。書いているだけで、たしかに面倒だな。
でも実は、そんな作業が嫌ではない。大吉も福助も大人しくドライヤーをかけさせてくれるし、全身を撫でながら、愛おしく思う。幼い頃はドライヤー嫌いで、逃げまくっていた福助も今ではウトウトしている。
いくら事前にブラッシングしても、洗って乾かせばそこら中抜け毛だらけになるし、2、3日はふわふわと家中を毛が舞っている。そのため、1日に何度も掃除機をかけることになる。
だけど、そんなことは全然苦に感じない。「おぉ、今日も抜け毛を撒き散らかしてくれてるな」と思う。
シャンプー&ドライヤーで思い出す先住犬・富士丸のこと
それは『
富士丸 』がいなくなった頃の、あの言いようのない感情から来ているんだと思う。富士丸との突然の別れで奈落の底まで転がり落ち、本当の絶望を知り、さんざんひとりで泣いた後、ただなんとなく生きているだけの状態だった頃、掃除機をかけなくていいいことに気付いて落胆した。
以前は毎日掃除機をかけても常に抜け毛だらけだったのに、何日も掃除機をかけていないのに部屋に抜け毛が落ちていない。その床を見て「そっか、もういないんだ」と思う。
富士丸も家で洗っていたが、ハスキーの血が半分入っている彼のアンダーコートの抜け方は半端なく、ドライヤーの後はテキサスの荒野を転がる枯れ草のごとく、ゴロゴロ抜け毛玉が部屋を転がっていた。その威力は、強力な吸引力で有名な掃除機を壊すほどだった。
その彼がいなくなった後、掃除機をかけなくていいことに少し慣れ始めたと思ったら、洗濯機の下にふわっとした抜け毛を見つけ、それを拾うと、無意識に涙がこぼれたりしていた。
そんな経験から、抜け毛掃除ができることにむしろ喜びすら感じる。フローリングは掃除機をかければいいだけだが、ソファーやラグにはまとわりついてなかなか取れない。でもせっせと毎日掃除している。自分が着る服も抜け毛だらけだが、もう別にどうでもいい。大福には抜け毛なんていくらでも好きなだけ撒き散らしてくれと思っている。
ただ、洗った直後に地面でゴロゴロするのは止めてほしい。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」 というブランドを立ち上げる。
ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。
『犬のために山へ移住する』(草思社刊)