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ひと夏の試み【穴澤賢の犬のはなし】

ひと夏の試み

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海水浴シーズンも終わり、賑わっていた海の家の解体が進んでいる。そうした光景が、今年はなぜかちょっと切なく感じる。その影には、ひと夏をかけたある人の試みがあったからだ。
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大吉と福助は、何度か会ったことがある人にはフレンドリーだが、初対面だと警戒して自分から近寄ろうとはしない。犬の扱いがわかっている人なら、座ってゆっくり手を差し伸べたりするので、そういう場合はおそるおそるという感じで近寄っていく。が、犬が好きというだけで「わぁ、かわい〜」などといいながらテンション高めに近寄ってくる人には、まず触らせない。ひょいと体をかわすのだ。
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砂浜を散歩していると、海水浴シーズンにはけっこうそういう人に遭遇する。私もフレンドリーなほうではないので、大福たちがスルーすると「こいつら愛想がなくてすいませんね」という顔をして通りすぎる。
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そんな感じで、今年の夏も夕方になると浜辺を散歩していたのだが、ある日海の家のほうから「いつもこの時間ですよね! 僕、覚えちゃいましたよ!」と声をかけられた。見ると真っ黒に日焼けした気のよさそうな若い兄ちゃんだった。海の家でバイトしているのだろう。その日から、海の家の前を通るときは、その兄ちゃんとあいさつ程度は交わすようになった。それが7月の終わりころだったろうか。
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どうやら兄ちゃんは犬が好きらしく、できれば大福と仲よくなりたそうだった。毎回海の家から飛び出してくるのだが、なぜか何度も会っているのに大福に避けられていた。見かねて「しゃがんでみたほうがいいかも」などといろいろアドバイスしてみたのだが、いざ兄ちゃんが触ろうとして手を伸ばすと、福助はひょいと交わす。そうすると兄ちゃんは悔しそうな顔で「8月末までには!」というのだった。
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そして、翌日も、その翌日も、毎日兄ちゃんは諦めずにトライしていた。ときには、私たちが近くを歩いていると、接客の手を止めてまで走ってきた。いい人じゃないか。そろそろ触らせてやってもいいだろうと思うのだが、相変わらず福助は後ずさる。
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そうしてお盆が過ぎて、8月も下旬になった。毎日会っているのに、なぜか心を許さない大福コンビ。なんとかしてやりたいと思うから、兄ちゃんとちょっと立ち話をしてみたり(私の友人だとわかると大福も心を許すはず)したのだが、効果なし。
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夏休みが終わるころになると、兄ちゃんは「あと1週間」「あと、5日」とカウントダウンをはじめた。「海の家って、何日までなの?」と聞くと「8月31日が最後の営業日ッス」という。できることならそれまでに大福コンビと触れ合わせてあげたいと思うのだが、こればかりはどうにもならない。そして「あと3日」になり「あと1日」になり、あっけなくその日を迎える。
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ふつうだったら、1カ月ほぼ毎日顔を合わせていれば慣れたってよさそうなものなのに、最後まで大福が兄ちゃんに心を許すことはなかった。ひどいのは、ちょっとは興味を示していた福助とは違い、最初から最後まで大吉は一切無視だったことだ。何が気にくわないのか「お前なんかに興味はない」とばかりに兄ちゃんのほうを見ようともしなかった。たぶん、大吉がそんな態度だったから福助も懐かなかったのだろう。こうして彼の望みはかなわなぬまま夏は終わったのだった。ごめんな兄ちゃん。それにしても大吉って、意外と冷たい奴なのかもしれない。
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