先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
少し前に野沢温泉に行った。移住してからスキーを始めた妻と友人が、野沢温泉のスキー場で滑ってみたいと言ったからだが、同時に私の念願も叶った。といっても、私はスキーはやらない。
約30年前の思い出を振り返る
野沢温泉は、その昔、旅行会社に勤めていた頃、2シーズン駐在していたことがある私にとって思い出の地だ。30年ほど前で、1998年の長野冬季オリンピック以前のことである。あれから1度も行っていないから、どんな風になっているんだろうと気になっていた。
移住してからも何度か行こうと思ったが、長野県は広く、八ヶ岳から野沢温泉まで約2時間もかかる。特に用事もないのに行く距離でもないから諦めかけていたが、スキーがしたいなら喜んで付き合おう、滑っている間、大福と友人の愛犬「びわ」の面倒は私が見よう、と利害が一致したのだ。
駐車場に到着して、妻と友人を見送った後、私は犬たちと野沢温泉の散策してみた。驚いたことに、野沢温泉村の中は当時の雰囲気とそんなに変わっていなかった。付き合いのあったペンションや民宿がまだやっていて、看板もそのままだったりした。
歩きながら景色を見ているとどんどん記憶が蘇ってきて「ここを右に曲がれば、おみやげ店が並ぶところに出るのでは?」と進み「ほら、やっぱり!」と脳内ナレーションをしながら「ひとり思い出めぐりツアー」をするのはすごく楽しかった。大福とびわは、ただ付き合ってくれているだけで特に楽しそうではなかったけど。
変わらぬもの、変わったもの
1時間半ほど野沢温泉内を散歩してから、次に行きたいところへ向かった。木島平と飯山だ。木島平スキー場には支店があり、その中間にある飯山はこのあたりで1番の繁華街でよく行き来していたからだ。
木島平スキー場はあまり変わっていなかったが、飯山の町並みは一変していた。賑わっていた商店街は閑散としており、JR飯山駅が移転して、少し離れたところに新幹線の駅がドーンとできていた。雪山仕様の長靴を買った店も、よく通った焼肉屋もなくなっていた。30年も経つんだからそりゃ変わるか、と思った。
あの頃、私は大阪府豊中市の庄内で暮らしていて、なんとなく旅行会社に入り、いきなり「行ってこい」と野沢温泉の駐在員になり、理由も分からず雪国で暮らすことになっただけだった。
雪かきは重労働で、雪道の運転は恐怖の連続だったが、次第に野沢温泉での暮らしに慣れていった。でも、田舎暮らしに憧れなんてまったくなかった。
当時はスキーブーム全盛期で、大阪からわざわざ野沢温泉に弾丸ツアーで来る人が山ほどいたが、私は一切やらなかった。興味がなかったからだ。期間限定の駐在員として、宿の手配などをしていただけだった。
それから30年後、八ヶ岳に移住してこうして犬たちとまた野沢温泉を訪れることになるとはまったく想像していなかった。思い出めぐりツアーの後、付き合ってくれた彼らと、一緒に公園めぐりをした。いいところだなぁと思った。
今では都会での暮らしに戻りたいなんて思わなくなっている。
富士丸 と暮らして、山へ移住したいと思うようになったのがきっかけだ。そして彼の突然死から14年後、大吉と福助と八ヶ岳に完全移住した。
これらはすべては犬たちに動かされたことだ。彼らがいなければ、絶対こうはなっていない。もともとインドア派で、山とか海とか川とかに惹かれたりしなかったのに。人も変われば変わるものだと思う。スキーに興味がないことは変わっていないけど。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」 というブランドを立ち上げる。
ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。
『犬のために山へ移住する』(草思社刊)