先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
2021年8月17日で大吉が10才になる。本人はそんなことまったく気にしていないと思うが、私にとっては感慨深いものがある。先代犬の富士丸は7才半で突然この世からいなくなったが、大吉はそれより長い時間を一緒に過ごしてきたことになる。
大吉との出会い
予期せぬ富士丸との別れで、一時期は本当に壊れてしまい、なんとか回復して日常生活がこなせるようになってからも「もうあんな悲しい思いはしたくない」と新たな犬を迎える気にはなれなかった。生きる気力もやる気も、目標も何もない暮らしが2年ほど続いたある日、何気なく見ていた「いつでも里親募集中」というWebサイトで、妙に気になる白い子犬がいた。それが大吉だ(実際はそんなに白くない)。
思えばこの10年で様々なことがあった。10年前といえば40歳だが、当時は渋谷区初台の賃貸マンションで暮らしていた。その後、足立区の扇大橋に引っ越して福助を迎え初の多頭飼いになり、その一年後には神奈川県鎌倉市の腰越に移り住んだ。さらに2017年には長野県の八ヶ岳にボロ山小屋を手に入れた。
すべてが大吉のためにしたことではないが、少なくとも山の家は大吉と福助がいなかったら欲しいとも思わなかっただろう。それ以外でも相変わらずやる気のない感じに見えるかもしれないが、実は今では生きる気力もやる気も目標もちゃんとある。
そもそも若い頃からアウトドアに一切興味がなく力仕事も大嫌いなのに、草刈り機デビューして自前のドッグランまで作った。良い悪いは別として大吉(と福助)を迎えていなければ、絶対こうはなっていなかっただろう。だから犬には、人の生き方まで変える力があるんだと思う。
大吉を迎えていなければ、それはそれで別の生き方をしていたんだろう。だけど私は、あのとき大吉を迎えて本当に良かったと心の底から思う。山の家で大吉たちが目をキラキラさせながらドッグランで遊んでいる姿を見ていると、なぜかこちらも満ち足りた気持ちになるのだ。富士丸のせいで犬至上主義にされてしまい、大吉と福助によってそれが強化されてしまったのだろう。
犬が年齢を重ねていくのが喜ばしいことではもうないが、嬉しいのは大吉が10才になった今も無邪気に遊び、体力の衰えもそんなに感じられないことだ。それはきっと、お気楽でガキんちょな福助のおかげもあるのだろう。まだまだ元気でいてくれと願うばかりだ。
わが家の場合はそんな感じだが、犬と暮らす人にはそれぞれの関係や思いがあるに違いない。きっと私とそんなに変わらないレベルで、色々な面でかなり左右されていると思う。改めて犬というのは不思議なやつらだ。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。
ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。