先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
現在、私は神奈川県・腰越の自宅で1人暮らしをしている。大吉と福助もいない。といっても嫁と揉めて別居しているわけではない。嫁には山の家でやってもらいたい作業があり、私は自宅でやらないといけないことがあったから、大福を残して電車で戻ることにした。週末にはまた山の家には行くから、1週間ほどのプチ1人暮らし。
大福のいない違和感
これまでも出張で2、3日家を空けることはあったが、仕事だからゆっくりしている余裕はない。嫁が友人たちとの旅行で数日家を空けたときも、大吉と福助は家にいた。だから「誰もいない家」で数日間過ごすのは結婚してから初になる。
独身時代の長い1人暮らしで、炊事、洗濯、掃除はまったく困らない(というか普段やらやっている)。むしろ、自分ひとりだけのことを考えればいいから楽だ。ちょっと出かけたとしても、散歩の時間を気にして「早く帰らないと!」と焦る必要がない。そう、今、私は自由なのだ。
だからこの予定が決まったときから、実は内心「束の間、久々に自由気ままな1人暮らしを謳歌しよう」とちょっと楽しみにしていた。いつも時間を気にしてなかなか行けないから、仕事が終わったらふらっと映画館でも行こうかな。大好きなホームセンターであれこれ物色してみようか。さぁ、何をしようかと考えていた。
しかしこれが、思ったよりもつまらない。朝起きて、散歩に行かなくていい。大福のゴハンも作らなくていい。夕方の散歩の時間までに帰らなくてもいい。何の制約もないことが、逆につまらない。何よりも、あいつらがいないことに違和感がある。
大福がいないとつまらない
いつもなら、毎朝ちょっと遊んだり、気が向いたときだけ仕事部屋にトコトコやって来たり、晩酌している横ですやすや寝ている彼らがいない。
この違和感は、富士丸がいなくなった後に感じた記憶がある。家に帰っても誰もいない。あいつがいつもいた場所に、姿がない。いないことが分かっていても、体が覚えていて無意識に首がそっちを向く。妙に部屋がガランとしたように感じる。掃除しなくても床が毛だらけにならない。やることはそれなりにあるのに、なんとなく暇。やる気が出ない。寂しい。けど、どうしようもない。毎日毎日、そんなことを考えていた。
あのときと違うのは、大吉と福助は山の家にいるということだ。だからこの違和感は間もなく解消される。あぁよかった。あの頃の出口の見えない寂しさとは決定的に違うから、心の底からそう思う。
彼らはどうなんだろう。あっちでどんな様子なのか、嫁がちょくちょく写真を送ってくれる。買い出しついでに諏訪湖へ立ち寄ったり、馴染みの店でくつろいだり、夜は満ち足りた顔でスヤスヤ眠っている。あいつらは、なんだか楽しそうだ。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。
ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。