先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
前回 書いたように先月末、大吉と福助の定期検診で「血液生化学検査」を受けてきた。より詳しく検査することで、全身の健康状態と栄養状態、臓器に異常がないか分かる。
リスクを下げるさまざまな検査
今回はそれに加えて、「エコー検査」と「レントゲン」の検査も受けた。数値には出ない異常がないか、目で見て確認してもらうためだ。
そこまでやっても見つけられない疾患があることや、突然死することがあるのも知っている。ただ、定期的に詳しく診てもらうことで、何か異常があったときに早く見つけば治療の選択肢が増える可能性があるからやっている。言葉を話せない彼だからこそ、リスクを少しでも下げておきたいのだ。
結果は、大吉と福助ともにどこにも異常なし。あぁ、よかった。14才と12才になると、何かあってもおかしくない。犬の時間感覚は早いから、半年前に異常がなくても半年経てば悪い方向に進行しているなんてこともある。だからから内心穏やかではなかったが、心の底からホッとした。
あとは、大吉の後ろ足プルプル対策として、スウェーデン式ドッグマッサージにも通い始め、先日は3回目を受けてきた。マッサージ師さん曰く、最初は太ももの内側がガチガチに固くなっていたけど、少しほぐれてきたとのこと。大吉もずいぶん慣れてきて、嫌がらず早い段階で寝そべるようになった。
見た感じ、まだプルプル震えることはあるが、震える幅が少し小さくなってきたような気がする。少しでも血行が良くなればと毎日マッサージもしているが、2週間に1回ペースで通おうと思っている。
考えたい、シニア犬との向き合い方
大吉と福助には、できることはなんでもしてやりたいと思っている。もう立派なシニア犬だし、老化するスピードも人に比べると犬はかなり早い。それに抗うというより、最後まで自分の足で立って歩ける状態でいてほしいと思う。
特に14才からガクッとくるよ、という話をよく耳にしていたから大吉の様子は注意して見ておこうと思っている。なんせ彼は、重度のペットロスで2年半ほど「死ぬのは周囲に悪いからなんとなく生きている状態」だった私を救ってくれた天使なのだ。
大吉を迎えていなければ、あのままモノクロームの世界が続いていたはずだ。彼のおかげで見ている景色に色彩が戻り、復活できたんだと思う。その後、福助が加わりさらに気力が増したような気がする。あ、こう見えて福助も天使です。
都内から鎌倉市腰越の海沿いに引っ越したのは大福のためではないが、八ヶ岳のボロ小屋を買ったのも、2023年11月に完全移住したのも100%大福のことを考えてのことだ。正確には、彼らのためにやった、というより、そういう思考回路になり行動させられた、というほうが正しいかもしれない。
そんな大吉と14年、福助とは12年間一緒に暮らしていることになる。これが永遠に続かないことも、
富士丸 との経験から常に頭の片隅にある。そして、未だに富士丸との暮らした記憶がしっかりあるように、今の暮らしも一生忘れないんだと思う。
普段の暮らしではあまり意識しないけれど、彼らと暮らしている今は実は貴重な時間なんだと、最近改めて感じている。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」 というブランドを立ち上げる。
ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。
『犬のために山へ移住する』(草思社刊)