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「10年目を迎えて」【穴澤賢の犬のはなし】

2009年10月1日に富士丸が突然いなくなってから、10年が経った。もう10年か、というのが正直な感覚で、遠い昔なのか近いのかも分からない。でもあの日のことは鮮明に覚えているし、富士丸への想いは変わることなく今もある。あの頃、38歳だったのか。おっさんになったもんだ。

環境の変化

しかしよく考えれば、この10年で状況は驚くほど変わった。あの頃は渋谷区の初台の1DKに暮らしていたが、今は結婚して鎌倉市の腰越に住んでいる。海のすぐ近くだがサーフィンなどは一切しない。日焼けもしていない。
何より大きいのは、今は大吉と福助と暮らしている。それに八ヶ岳にボロいけど山の家も手に入れた。けれど、大吉と福助を迎えていなければ、そんなことはしていなかっただろう。彼らの喜ぶ顔が見たいから、何とかしたいと思ったのだ。

10年前の約束

その根底には、富士丸との約束があったのかもしれない。そういえば、この間本棚にあった『約束〜最愛の犬たちへ』(文藝春秋刊)というタイトルが目に入った。その本は馳星周さんや唯川恵さんなど犬好きの著名人が綴った、愛犬への約束にまつわるエッセイがまとめられている。
なぜか私にも依頼があって書いたことを思い出した。2008年に出版されたその本を手にとって自分が何を書いているのか読み返してみると、「元気に走れるうちに、山でのんびり暮らそう」とあった。たしかにあの頃は本気でそう思っていた。
ただ、状況はものすごく変わってはいるが、人間的には全然成長していない。相変わらず酒が好きで毎晩飲んでるし、犬猫以外には素っ気ないよねと人に言われる。愛想よくしているつもりなのに納得いかない。が、47年間自分はA型で協調性があり周囲に気を使っていると思い込んでいたのに、昨年大怪我して手術したときにB型であることが発覚してびっくりした。しかし友人知人は誰ひとり驚かなかった。もしかしたら、ずっと勘違いして生きていたのかもしれない。

絶望していた日から

それはさておき、10年前の10月。生きる気力ゼロでひたすら酒を飲んで倒れていたときに、10年後に自分がこうなっていることなどまったく想像できなかった。想像する力もないほど悲しみのどん底にいた。
だからもし、悲しくて何もやる気が起こらないという人がいたら、数年後の自分は元気に暮らしている可能性があることも知ってほしい。気休めではなく、ここにその本人がいるから。本気で落ち込むと、そんな気分にはなれないことも知ってるけど。



プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。

ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。

福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。
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