先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
わが家の朝の散歩は短い。今暮らしている腰越(神奈川県鎌倉市)の家は砂浜まで徒歩5分ほどで、大吉も福助も用を足したら帰りたがる。だから20〜30分程度で終わる。注意しているのは地面が暑くなる7時前には済ませることくらいで、いつもサッと行ってパッと帰ってくる。
山の家の散歩事情
しかし、山の家に行ったときは違う。行くのはだいたい休日で朝は慌ただしくないし、彼らの好きにさせようと、どこへ行くかは大吉に任せ、その後を付いて歩くようにしている。
興味深いことに、なぜか大吉は海とは違い山だとテンションが高く、ずんずん歩いていく。そしてときどき立ち止まって、ごきげんな様子で草や木のニオイをかいでいる。腰越だと朝から蒸し暑いが、標高1500メートルほどの山では湿度も低く、朝晩は少し肌寒いくらいということもあるのかもしれない(気温も腰越と比べるとだいたい10度くらい低い)。
山の家がある「丸山の森」内を散策するのだが、四つ角に差し掛かると、先を歩く大吉が振り向いて「こっち行くよ」という顔をする。そしたら「はいはい」とそれに従う。
上り坂か下り坂かは重要(飼い主的に)
ただ、丸山の森は全体がなだらかな斜面になっているため、下り坂ならいいが分かれ道で上り坂を選ばれると「まじか」となる。たまに大吉は、ひたすら上り坂を選択することがあるので、延々と坂を登らないといけない。写真では分かりにくいかもしれないが、ここは結構勾配のある坂で、朝から地獄を味わう。こんなところは誰に頼まれても登らないが、大吉だから仕方ない。ハァハァ言いながら後を付いていく。
道の両側には、ぽつぽつ趣のある家があり、この季節新緑が芽吹いていて、あちこちから小鳥のさえずりが聞こえてくる。が、そんなことに浸っている余裕はなく、ただただしんどい。涼しいはずなのに、じんわり汗をかいてくる。心の中でそろそろ帰ろうよ大吉、と願っている。
耐えて歩くこと約1時間ほどで、頂上付近に到着。眼下には村営林が広がり、その向こうには富士見町(?)あたりが小さく見え、向こう側にそびえる山々が見渡せる。絶好のスポットなのだ。
とても気持ちのいい朝だ、と言いたいところだが、ここまで来るのに疲れ果てている。なんで朝からこんなところに来なくちゃいけないんだよ。
けど、大吉に任せたんだから仕方ない。まもなく10才になるのに、こんな坂道を上って、息すらあがっていない余裕の表情であることが、とても嬉しい。50歳の私はヘトヘトだが。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。
ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。