先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
犬と飼い主との距離感は家庭によってそれぞれ違うが、わが家はわりとさっぱりしている方だと思う。大吉と福助は基本、見送りも出迎えもしないし、私が1階の仕事部屋にいるときもずっと3階の寝室で昼寝していることもある(特に冬)。夏場は涼しい仕事部屋に来ることが多くなるが、特にかまってオーラもないし、ただ昼寝している。
大福との信頼関係
朝、散歩に行くときも先に起きるのは私だし、玄関から「お前らー、散歩行くぞー!」と呼んで初めてだるそうに降りてくる。愛情たっぷりの手作りゴハンもがっつきはせず、ちょこちょこ遊び食いして最終的に残すこともあるし、「これじゃない」という顔でそっぽを向かれることもある。さっぱりを通り越して素っ気ないくらいだが、それはそれで信頼関係がある。
散歩やゴハンといった日々のルーティンは欠かしたことがないので、彼らの中ではそれらは当然であり、催促する必要がないのだろう。散歩にいたっては、行きたいのは私で、それに付き合ってあげているくらいに思っているのかもしれない。
わが家はそんな距離感なので、出かけるときに彼らがとっとと寝室に消えて姿が見えないのも、帰宅したのに全然降りてこないのも、もう慣れっこになっている。
2、3日の出張から帰っても、普段とあまり変わらない「おかえりー」くらいなのも別にいい。が、この前は大福と妻を山の家に残し、私だけ用事があったので1週間ほど帰宅するプチ単身赴任をしたのだが、久々に戻っても「やぁ、おかえり」くらいの薄いリアクションだったときは、「もうちょい狂喜乱舞とかできないのかお前ら」と思った(私は1週間ぶりに会って嬉しかったのに)。
頼られていると感じた瞬間
そんな調子だから、普段スーパーに買物に行くときなどは特に声をかけることもなく、黙って出かける。その日は車で10分ほどのスーパーに行ったのだが、走り出してすぐに空が急に暗くなり始め、遠くでゴロゴロと聞こえた。これはまずい。雷が苦手な大吉はきっとブルブル震えているだろうと思いつつ夕食の買い出しをしていると、ドッカーンと激しく鳴り響きながら激しい雨が降り出したので急いで帰った。
自宅の駐車場に車を停めていると、窓から大吉が顔を覗かせているのが見えた。そして「やったー! 帰ってきたー!」という表情で窓の外を凝視している。普段そんなことは、まずしない。
玄関のドアを開けると、「やったやった、助かった!」と寄り添って離れようとしない。雷が平気な福助はいつも通りだったが、大吉は飛び跳ねる勢いで私が帰ってきたことを喜んでくれているようだった。「そうかそうか、怖かったのか」となでながら、やっぱり頼りにされているんだなぁと思った。そんなときだけ。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。
ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。