先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
初めて犬と暮らす人に多いが、犬が言うことを聞いてくれなかったり、しかってもまた同じことをすると、「なんで分かってくれないんだろう。私がいけなんだろうか」と悩む人がいる。そういう人に言っておきたい。みんなそんなもんだよ、と。
犬の従順さは固定観念?
言うことを聞いてくれないからといって、厳しく接しても、結局ほとんど変わらない。犬は常に飼い主の右側(もしくは左)を1歩下がって歩くもの。呼んだらすぐ来る。「オスワリ」と言えばちゃんと座る。というように、何事もコマンドを使ってコントロールしようとする。少しでも犬が先に行こうとすると「ノー!」と言って立ち止まったりしている人をたまに見かけるが、犬が不憫になる。
警察犬や盲導犬ならいざ知らず、一般家庭で暮らしていくうえで、そんなものはほとんど必要ない。犬ぞりのごとくリードをぐいぐい引っ張って、どこへ行くか分からない状態は問題だが、ただ一緒に歩いて、ときどき気になるところのニオイをクンクンかいでいるくらいなら何の支障もないはずだ。
なのに、理想の飼い主にならないといけないと思い込みから、ついつい厳しく接する。そういう場合、「犬は従順なものだ」という固定観念があったりする。
理想の飼い主像とは?
たしかに犬は他の動物と比べると人間とのコミュニケーション力は高いし、意思疎通もかなりできる。かといって、常に従順なわけではない。
逆の立場になって考えてみて欲しい。常に右を歩けとか、用もないのに呼んだらすぐ来いとか、意味なく座れと命令されたりしたら、誰だってうんざりするはずだ。なのになぜか犬に対しては従順でいろという。それはおかしい。犬にだって好き嫌いや気分もある。
そういう私も、かつて
富士丸と暮らし始めたころは、そういう考えに陥っていた時期がある。なぜ犬ぞりのようにリードを引っ張るのか、クッションやソファーまで食い破るのか。なぜしかると反省顔になるくせに、またやるのか。
でもそれらはすべて私が悪かったのだ。若い大型犬にしては運動量が足りていなかったし、留守番が長かった。だからストレスがたまっていたのだろう。富士丸が3才半になるころ、そのことに気がついた。理想の飼い主になろうと思っていたが、まったく逆を向いていたのだ。それからは反省して、彼の主張をなるべく受け入れるようになった。
その後は、お互い顔を見るだけで相手が何を思っているのか分かるくらいの関係になったが、それでも理想の飼い主だったとは思っていない。お互いに、ここくらいまでなら譲るというラインがあったように思う。
犬は本来、人間社会のルールなんて守る必要なんてない。一緒に暮らすうえでそれでは困るから、こちらに合わせてもらっている部分が多いし、慣れるまで多少時間がかかるものだ。
そもそも、理想の飼い主像なんてものは幻想にすぎないと思う。たとえば、自分では理想の親だと思っていたとしても、子どもから見たらそうでもないことがあるように。それぞれの家族にはそれぞれの関係がある。それとまったく同じことなのだ。なのに犬との関係になると、それを忘れて理想の飼い主像を追い求めてしまう。
要するに、犬と飼い主の関係もそれぞれ違っていていい。攻撃的だったりするのは直してもらわないといけないが、日常生活で困らない程度であれば、お互い心地いい距離感で暮らした方が犬も人も楽しい。厳しくするより、信頼関係の方が大切だ。
だから私は、大吉と福助にオスワリもお手も教えていない。ただ1つ、リードを落としたときに動きを止めることができないと危険なので(交通事後が)、「待って」といえば止まってもらうことだけは幼いころに覚えてもらった。それ以外は、基本好きなようにさせているが、困ることは特にない、ゆるい関係だ。それくらいでいいと思っている。
もし今、言うことを聞いてくれないのは私が理想の飼い主ではないからだ、と思い悩んでいる人がいたら、立ち止まってみて欲しい。犬が幼いとしたらそれは当たり前だし、どんなやんちゃな犬も、3才半くらいで必ず落ち着く日がくるよ、と言っておきたい。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。
ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。