先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
最近、大吉を見ていて思う。11才のわりには元気だな。怯えているわけではないのに、後ろ足がぷるぷる震えたりしているが、獣医師さん曰く、高齢犬にはよくあることで特に支障がないなら気にしなくていいらしい。
悩んで迎えた大吉との出会い
大吉の場合、未だに全力疾走できるし、「ボールを投げて」と持ってくるし、ぬいぐるみの引っ張り合いをしたりするから運動神経は問題ないのだろう。10才を過ぎると白内障の兆しで目が少しずつ白く濁ってきたりするが、それもほとんど見られない。定期的に受けている健康診断でも血液生化学検査でも異常なし。素晴らしい。
大吉を迎えたのは2011年11月で、当時は先代犬の
富士丸を突然失った喪失感から、一時期はもう犬と暮らすことはないだろうと思っていた時期もある。それがたまたま見ていた「いつでも里親募集中」というサイトで、白い子犬に目が止まり、連絡してしまったが最後、あれよあれよという間に断れない状況に追い込まれ、吐きそうになるほど悩んだあげく、わが家に迎えることにした(『また、犬と暮らして。(世界文化社)』参照)。
実際に会うと白ではなく傷んだ山芋色だったが、初めて家に連れて帰った日、そこが誰の家か、どうして自分はそこにいるのか不安なはずなのに、大吉は怯えたようすもなくコテンと寝た。その姿を見た瞬間「またあんな辛い思いをするのは嫌だ」という恐怖心は消え去り、悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなったのを覚えている。
優等生・大吉。そして福助の存在
破壊王だった富士丸の経験からある程度は覚悟していたが、子犬大吉は優等生で、こちらが困るようなイタズラはほとんど何もしなかった。帰るとティッシュが箱から全部引っ張り出されていたことがあるが、そんなものは「ふふ」と笑うくらいかわいいものだ。むしろ犬がそばにいる生活を思い出し、みるみる暮らしに彩りが復活していった。
大吉は逆にこちらが張り合いのないほどの優等生で、2才くらいでつまらなそうに寝ていることが多くなった。
それが理由ではなかったが、妻と相談してもう1頭迎えようと思い、子犬福助が加わった。よく先輩犬が後から来た犬にルールを教えてくれるというが、大吉は一切何も教えてくれなかった。そのため、人間不信を克服した福助はどんどん好き放題やるようになり、富士丸を超える破壊王になったが、大吉はその隣で「それやったの、オレじゃないからね」という顔をしているだけだった。
そんな大吉のことを福助は大好きで、大吉も福助には甘かった。また、福助が来たことで、大吉の顔が兄のようになり、一緒に遊ぶことで以前より随分アクティブになった。複数飼いは初めての経験だったが、仲良く遊んでいる姿を見ていると、福助を迎えてよかったと思った。
しかしそもそも大吉を迎えていなければ福助もなかったわけで、発端は大吉だ。そんな大吉が今年で12才になる。福助も9才になったから、どちらも7才半で急死した富士丸を越えて長く一緒にいることになる。
この10年でさまざまなことがあった。色々なところに遊びに行った。そのほとんどすべてに大吉と福助が絡んでいる。山の家を手に入れたのだって、大吉を迎えて、かつて富士丸と夢見たことを思い出したからで、いなければ絶対そんなことしていないはずだ。
あと何年こんな暮らしが続くのか。ときどき、そんなことをふと考える。けれど、大吉を迎えて本当によかったと思う。賢くて、懐が深く、かわいくて、雷と花火にはむだに怯えるが、本当にいいやつだ。今日も元気でいてくれて、ありがとう。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。