先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
犬同伴OKのお店や、犬と暮らしている友人と食事していたりすると、たまに「こら!ダメ!」と叱っているのを見かける。そういうとき、犬はだいたい反省していない。そしらぬ顔をして、またつまみ食いするチャンスを密かに狙っている。食欲に関することだけではなく、あらゆることでそんな場面を目にする。
犬を叱るのは効果ある?
私はというと、大福を叱ることはほとんどない。別に甘やかすのがいいと思っているわけではない。幼いころは大福もちょくちょく叱ったし、留守の間に福助が枕を食いちぎって寝室が羽毛だらけになっていたときは「ゴラァァァァ!」と鬼の形相(演技)で怒鳴ったこともある。けれど、心のどこかで幼い犬がイタズラをするのは仕方ないと思っている。イタズラといってもそれは人間から見た話で、破壊していいオモチャと、枕の違いが幼い犬に判別できるわけがないからだ。
トイレにしても食べ物にしても同じで、それでは困るから人間社会のルールを覚えてもらう「研修期間」が必要になる(こちらも犬の個性や主張をなるべく理解して折れるところは折れる)。それに早くて1年、遅くて3年くらいはかかる。そのときは食べたら危険な洗剤などを犬の手(口)の届かないところに避難させておく方が重要だと思っている。そうして一定期間が過ぎれば、叱る必要もなく、何の手もかからなくなる。
これは富士丸と暮らして学んだことだ。私も最初はいちいち目くじらを立てて怒っていた。しかし彼が3才を過ぎたころ、未熟だったのは自分の方だったと気がついた。富士丸にも不満があったし主張もあったのだ。それは無視して、自分の都合を押し付けていただけだった。子犬は別として、ある程度成長した犬はだいたい分かってやっている。
真面目に話せば分かってくれる?
しょっちゅう犬を「こら!」と叱る人は、よく考えてみてほしい。実は本当に困ることはしていないはずだ。きっと「これくらいなら大丈夫かな」というラインを見極めたうえでやっているのではないだろうか。それなら飼い主が本気で叱ることもないから、反省することもない。ようするにプロレスなのだ。総合格闘技のようにマウントポジションからオープンフィンガーグローブでボコボコにしてはいけないと、犬もちゃんと分かっている。
プロレスはプロレスで楽しいのだが、中には本気で止めてほしいこともある。そういうときは「話してみる」と分かってくれる場合がある。
たとえば、普段は叱ることのない福助だが、たまにすれ違う犬から吠えられたりすると「なんだやんのか!」と応戦するように吠えることがあった。実は気が弱いしけんかなんかしたこともないのに。ちゃんとお互いリードにつながれて届かないことは分かったうえで。
これまでは、けんかにならないことが分かっていたから「すみません」と、そそくさと立ち去っていたが、あるとき福助の目を見て「あのさ、それ、みっともないから止めてくんない?」と真面目な顔で語りかけた。すると、それ以降ピタッと吠えなくなった。たとえギャンギャン吠えられたとしても、素知らぬ顔でスルーするようになったのだ。たった1回言っただけで。
前々から犬は話せば分かるとは思っていたが、まさかこれほど即座に理解してくれたことには驚いた。なので、本当に止めて欲しいことがあるときは、真面目な顔で話してみるのもいいかもしれない。
ただ、すべてを理解してくれるとは限らない。これは私が困るわけではないが、大吉は花火や雷を極度に怖がり、落ち着きをなくし、ブルブル震える。その顔があまりに不憫なので「あのな、雷なんて、怖がる必要はまったくないんだよ」と何度も何度も言っている。大吉は福助より理解力が高いが、それについてはまったく効果はない。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。