先代犬の「富士丸」と犬との暮らしと別れを経験したライターの穴澤賢が、
数年を経て現在は「大吉」と「福助」(どちらもミックス)との暮らしで
感じた何気ないことを語ります。
個人ブログにはすでに書いたが、八ヶ岳に完全移住することにした。これまでは鎌倉市腰越の自宅から、月に何度か山の家に行く2拠点生活だったが、拠点を完全に山に移す。色々考えてのことだが、1番は大福のためである。腰越にいるときより、山にいるときの方が楽しそうな顔をしているし、快適そうだから。
酷暑が移住のきっかけに
海沿いの腰越は都心に比べると少し涼しいが、このところ年々暑くなっている。特に今年はひどかった。これまでは朝6時に起きればよかったが、今年はその時点ですでに暑いから毎朝5時に起きて散歩していた。通常、夕方16時頃になると海風が吹いて気温が下がっていたが、今年は17時をすぎないと下がらない。
朝は「なんでこんなに早く起こすんだよ」と迷惑そうな顔をされ、夕方は「もうそろそろ散歩の時間じゃない?」という顔でわざとらしく伸びをしてアピールしてくる圧力に「まだ暑いから行けないんだよ」という攻防を日々繰り返していた。
標高1400メートルにある山の家は腰越と比べ常に10℃ほど気温が低いから、無理して早起きなんてしなくていい。なんだったら夏でも日中、犬を連れて出歩ける。
それで腰越の自宅に帰ってくると「なんだこの暑さは……」となり、日中は彼らをエアコンのきいた部屋に閉じ込めるという暮らしを送っていた。
移住の決意と家族会議と
そんなある日、8月27日だったが、朝ふと「腰越を離れて困ることは何かあるか?」と自問してみた。
私の場合、仕事はどこでもできる。山の家にもネット環境はあるし、小さな仕事部屋を作ったから問題ない。イベントなどで都心に出ないといけない用事があれば、車でも電車でも2時間半から3時間で行けるし、ホテルに泊まればいい。
飲みに行くこともほとんどなくなったし、友人と会うなら山に来てもらえればいい。幸い客間もあるし、その方が彼らも喜ぶのではないか。そもそも腰越にそんな頻繁に来客があるわけでもないし。そう考えると、腰越を離れて困ることが特にないことに気が付いてしまった。
さらに、わが家の場合、2017年の夏に山の家を手に入れているから、物件を探す必要もない。幾度となく訪れているので、スーパーやコンビニ、薬局などがどこにあるのか分かっている。冬の厳しさも知っている。だから未知の環境に飛び込む不安もない。
山の家も、手に入れたときは雨漏りのするボロ小屋だったが、5年かけて少しずつ補修や改築し、普通に暮らせるくらいにはなっている。それは移住するためではなく、ただ少しでも快適に過ごせるようにしたかっただけだが、結果的に移住先として問題ないようになっている。
腰越の自宅を売却すれば、住宅ローンから解放されるし、山の家との往復の高速代やガソリン代もなくなるから、かなりランニングコストが抑えられる。逆に今までなぜそんな費用をかけて2拠点を維持していたんだ? とさえ思った。
それに気が付くと私の中ではもう決定だが、一存では決めるわけにもいかない。そこで朝、妻に腰越の家を手放して山へ移住しようと話すと、「え? なんで突然そんなこというの?」とかなり驚いていたが、昼頃には「たしかにいいかもね」とメールが届き、夕方話してそこで移住することが決まった。
前々から計画していたわけではなく、思いついて1日で決定したことだが、行き当たりばったりなのは昔から変わらないなと思う。28歳という微妙な年齢で大阪から上京して、福生、西荻窪、目黒、等々力、笹塚、初台と点々とし、腰越に家を買って落ち着くのかなと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。腰越に未練もない。
ただ移住すると決めただけで、やることは山程あるから、年内を目処に移住完了を目指す。
大吉と福助は喜んでくれるかな。喜んでくれるよな。君らのことを1番に考えてのことだから。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。2015年、長年犬と暮らした経験から
「DeLoreans」というブランドを立ち上げる。
ブログ「Another Days」
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大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雷と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。