私の驚異的な回復力の謎
2018年8月16日で、
あのけがから5カ月経ったことになる。
少し前に書いたように、けがのことを知っている人には驚かれる。知らない人に「実は今年の3月に階段から落ちて死にかけたんですよ」と話して、その証拠に後頭部の傷跡を見せようとすると「どこ?普通に毛が生えていてよくわからない」と言われるほどまで回復している。
退院後の月に1度の定期検診も、なんと2回目で「来月からもう来なくていいです」と言われた。これまで書いてなかったが、そのときに興味深いことがあった。診察の前に毎回CTを撮っていたのだが、左側頭部にちょうど人差し指くらいの細長い黒い影があった。「これはなんですか?」と医師に聞くと「死滅した脳細胞です」という。
階段から落ちて後頭部の右側を強打したときに、その衝撃が伝わって左側頭部の一部が破壊されたのではないかとのこと。そんなことがあるのか知らないが、CT画像ではたしかに脳の中に黒い影が見える。2回目の検査でも、同じ場所にあった。ただ、画像上の色は少し薄くなっていて、灰色になっているように見えた。しかし医師いわく、一度死んだ脳細胞が復活することはないという。
手術直後や入院時に、嫁が医師から「もう文章は書けなくなると思います」と告げられたのは、そのあたりも影響しているのだろうか。が、予想に反して私は復活した。こうして文章も書けている。文体が変わったという指摘もないから、たぶん前とほとんど変わらない程度に。いい意味でも悪い意味でも。
頭を大けがすると、突然ある才能が目覚めるという話を聞いたことがあるが、特に何もない。ギターを弾いても以前と同じレベルで、まったく上手になっていない。絵も描けないままだ。ようするに、前と同じだ。性格も変わっていない。と思う、全然達観していないから。
ここでひとつの疑問が生まれる。今もある脳の影、つまり「死滅した脳細胞は何に使っていたのか」ということだ。そもそも脳は20%くらいしか使っていないといわれる。たまたま使っていない場所だったのか? そんな都合のいい話はないだろう。医師によると、死滅した脳細胞は復活しないが、周囲の細胞がネットワークを組み直すことはあるかもしれない、言っていた。
そうなのか。であれば、ここまでの回復を手助けしたのはいったい何だろうと思う。特にリハビリもしていないし、努力もしていない(努力の仕方がわかっていないから)。唯一可能性があるかもしれないと思うのは、大吉と福ちゃんの手触りだろうか。彼らをなでていると、妙に心が休まるような気がするし、無意識に「ふふ」と笑っていたりする。そういうことが思考回路や感情、つまり脳の復旧作業に影響を与えたのではないだろうか。全然わからないが、そういうことにしておこう。
プロフィール
穴澤 賢(あなざわ まさる)
1971年大阪生まれ。
株式会社デロリアンズ代表。2005年、愛犬との日常をつづったブログ「富士丸な日々」が話題となり、その後エッセイやコラムを執筆するようになる。著書に『ひとりと一匹』(小学館文庫)、自ら選曲したコンピレーションアルバムとエッセイをまとめたCDブック『Another Side Of Music』(ワーナーミュージック・ジャパン)、愛犬の死から一年後の心境を語った『またね、富士丸。』(世界文化社)、本連載をまとめた『また、犬と暮らして』(世界文化社)などがある。
ブログ「Another Days」
大吉(2011年8月17日生まれ・オス)
茨城県で放し飼いの白い犬(父)とある家庭の茶色い犬(母)の間に生まれる。飼い主募集サイトを経て穴澤家へ。敬語を話す小学生のように妙に大人びた性格。雪と花火と暴走族が苦手。せっかく海の近くに引っ越したのに、海も砂浜もそんなに好きではないもよう。
福助(2014年1月11日生まれ・オス)
千葉県の施設から保護団体を経て穴澤家へ。捕獲されたときのトラウマから当初は人間を怖がり逃げまどっていたが、約2カ月ほどでただの破壊王へ。ついでにデブになる。運動神経はかなりいいので、家では「動けるデブ」と呼ばれている。