犬と暮らす
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Vol.7 老犬と向き合うということ「 愛犬のすこやかアンチエイジング」
Vol.7 老犬と向き合うということ〜伊藤比呂美さんの『犬心』を読んで考える 〜
今回は詩人の伊藤比呂美さんに、愛犬の最期を綴った新刊『犬心』についてお聞きしました。14才の愛犬を亡くした伊藤さん。愛犬の命について、ペットロスについてなど、シニア犬の飼い主さんならば考えさせられるお話が多く出てきます。
伊藤 比呂美(イトウ ヒロミ)
1955年東京都生まれ。詩人。78年『草木の空』でデビュー。
80年代の女性詩ブームをリードした。99年『ラニーニャ』で野間文芸新人賞、06年『河原荒草』で高見順賞、07年『とげ抜き新巣鴨地蔵縁起』で萩原朔太郎賞、翌年、紫式部文学賞を受賞。
愛犬の最期を看取るということ
タケ亡き後、伊藤さんは自動車事故に遭ったそうだ。
「タケのニオイがついた愛車(いつもタケを乗せていたので、タケのニオイが染み付いていた)が廃車となり、レッカーで運ばれて行くとき、泣けて泣けて仕方なかったの。自分でもびっくりしたんだけど(笑)。前がぺちゃんこになった車と老いて死んで行ったタケの姿が重なって、タケがいなくなってしまった悲しみが不意に爆発した感じだったのよ」。
そう話す伊藤さん。「あれがペットロスというやつかな」。
伊藤比呂美さんは、15年前に南カリフォルニアに移住、夫と娘3人(現在は2人の娘さんが独立)で暮らし、その1年半後にタケを迎えた。タケは、伊藤さんの次女・サラ子ちゃんの責任のもと訓練に。それは警察犬も受ける本格的なもので、徹底的な服従訓練と攻撃訓練だったそう。
「シェパードは強くて大きくて、賢くて忠実。訓練性能も抜群な素晴らしい犬」図鑑にはそう書いてある。タケは「ジャーマン・シェパードそのもの」という犬に成長した。
「タケももう10才。タケの母犬も死に、弟犬も死に、母犬と弟犬の飼い主も死んだ。タケだって、大型犬なら死んでもおかしくない年齢だ。こんなに楽しい生活を送っているのに、もうタケも死ななきゃならないんだな、短いな……」。
犬の寿命ってほんとに短い。頭でわかってはいても、飼い主はその現実を忘れていたいもの。しかし、これからやってくる愛犬の晩年、そして別れがよぎった瞬間、それが愛犬の老いを認め、受け入れ、向き合うはじめの1歩なのだ。
タケが11才のとき、殺鼠剤を飲んだとかクモに刺されたとかの原因不明の大病を患った。そのとき、タケのお世話をしていたサラ子ちゃんは、獣医師から「これこれこういう治療をします。治療費はこれだけかかります。いいですか」と突然告げられた。「NO!」とも言えるがそれはタケをその場で死なせることになる。
伊藤さんとサラ子ちゃんは治療を受け入れ、タケは無事回復。そして、伊藤さんたちは話し合う。「今後、また同じようなことが起きたらどうするか」。結論は「治療はしない」。タケは十分生きた。病気になるなら、なる。死ぬなら、死ぬ。
「タケは、その日の朝もゆっくり外を散歩して、夜は苦しそうにしていたけど、娘たちになでられたりかわいがられたりしているうちに落ち着いてきた。それから、絞り出すように固いウンチをした。そして、私はPCに向かってメールを書いているとき、静かに死んだのよ」。
誰でも、暮らしの中では決断することの連続だ。とくに老いた愛犬との日々では、その決断も犬の命にかかわるものだったりする。決めなければ先にも進めないし宙ぶらりんでいいことはあまりない。
「自分で意識してしっかりとした決断力を身につけなくては」と伊藤さんの話を伺って、あらためて思った。老犬と向き合っていくことは、自分が試される日々であるのかもしれない。
同じ時期に実父を亡くし、愛犬を亡くした伊藤さんの、その日そのときの懸命さを率直に綴った『犬心』を読むと「あぁ、大変なのは自分だけじゃないんだな」と思える。大切な存在を亡くした人や消えそうになっている命と向き合っている人にとって、支えとなる1冊だ。タケが滑らないように廊下にヨガマットを敷きつめるなど、シニア犬の飼い主さんに参考になることも多く描かれている。
私は伊藤さんの『よいおっぱい、わるいおっぱい』のころからファン。お会いした伊藤さんは文章そのまま。明るくてユーモアがあって、颯爽としてかっこよかった。女性としての、そして犬飼いとしての憧れの先輩だ。今、あらためて伊藤さんの著作を読み返している。
次回予告
シニア犬の飼い主さんのもとを訪れ、お話をお伺いします。
プロフィール
いしぐろゆきこ:愛犬誌や女性誌、WEBなどで日々の暮らし、犬猫に関するエッセイやモノのリコメンドを執筆。近著に『豆柴センパイと捨て猫コウハイ』(幻冬舎)。
http://www.blueorange.co.jp/yuruyuru/
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