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「お手」ってしつけなの? |連載・西川文二の「犬ってホントは」vol.107
今回は「お手」に関するお話。犬を飼ったらお手を教えるのは当たり前、多くの人がそのようなイメージをもっているのではないでしょうか。でも、よくよく考えてみてください。お手は、犬にとって本当に必要なしつけなのでしょうか? そもそも何のために教えるの? どんなことに役に立つ? 今の時代に「お手」は本当に必要なのか、改めて考えてみましょう(編集部)。
犬へのしつけ(教育)とは、「日常生活を安全かつ快適に、お互いにストレスなく幸せに過ごすために必要な、さまざまな好ましい行動を犬に教えること」。
例えば、玄関の出入りはもちろん、外出先でも必要なときにオスワリ・マテができるように教えていくこと。まさに、これはしつけのひとつ。
一方オアズケはどうか。
オアズケができなくとも日常生活は困らない、逆にオアズケを教えることが現代においてはしつけのトレーニングの弊害にもなる。そうした話を前回したわけです。
さて、昔からのしつけの定番には、オアズケ以外にももうひとつあります。
それは「お手(以下オテ)」「オカワリ」です。
さて、この「オテ」「オカワリ」。
そもそもなぜ教えていたのでしょうか?
そもそもしつけとしての目的がわからない
一方、「オテ」「オカワリ」は、どうでしょう。
どう考えても、番犬に必要な行動でもありません。
もちろん昭和の時代、私が子どもの頃は、実家の犬にも教えていました。
オスワリ、オテ、オカワリ、オアズケ、ヨシ。
なんといっても、その頃のしつけの定番ですから、これらは。
オスワリ、オテ、オカワリ、オアズケ、ヨシさえできてれば、よくしつけられている、などと評されたものです。
友人や来客などに、オテ、オカワリ、を披露すると「お、すごいね」などと驚かれ、なんとなく鼻高々な気分に当時はなったものです。
「オテ」「オカワリ」はすなわち芸
これ、宴会などでよく目にするアレと同じです。
アレとはすなわち、「芸」。
そうなのですね、「オテ」「オカワリ」は芸なのですね。
でも一応それは、飼い主の指示に従って行動を起こしていることには間違いがないわけで、「ご主人様に忠実」的な姿にも見える。
まぁ勘違いなのですけどね、それは。
だって、オスワリ、オテ、オカワリ、オアズケ、ヨシ、以外の、例えば扉の出入りの際のマテなどの飼い主の指示には従えないわけですから(教えていないから当然ですが)。
まぁ番犬の古き時代のお話ということです。
オテ、オカワリを教えること自体は悪くはないけれど
ですので、オテ、オカワリを教えることそれ自体は悪くはありません。
芸を教えることは、犬とのコミュニケーションの時間がそこに生まれることを意味します。オテ、オカワリにとどまらず、もっといろいろ教えることも決して悪いことではありません。
ただ、芸を教えることばかりに時間を取られることは、好ましくはありません。
その分、日常生活を安全かつ快適にお互いにストレスなく過ごすために教えるべきことを教える時間が必然的になくなってしまうからです。
重要なのは、しつけのトレーニングとのバランスです。
例えば、家の中での確実なオイデ。
家の中でのオイデが確実にできなければ、地震のときに犬の安全を確保できません、イタズラも防げせません。
確実なオイデができれば、変なものを落としても拾わせずにすみます。
クレートで待機できることも重要です。
オイデで呼び寄せた犬をクレートに待機させられれば、その間イタズラや口にしそうなものを片づけることができます。
クレートでの待機ができれば、お留守番も上手にできます。万が一の時の避難にも役立ちます。車での移動中の安全も担保できます。
少なくともJAHA(公益社団法人 日本動物病院協会)家庭犬マナーチャレンジの16項目をクリアできることを最優先に考え、バランスをとることです。
あ、そうそう、オテ、オカワリ、ですが、日常生活で役立つ場面がありました。
それは、前足を拭くことに役立つ。
じつは足を拭かせない犬に対して、オテ、オカワリを教えることは問題の解決にも役立ちます。
もっともそれだけでは、後ろ足は拭けないのですどね。
写真/Can! Do! Pet Dog School提供
https://cando4115.com/index.html
西川文二氏 プロフィール
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