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「しつけはもう済んだ」と思う飼い主さんと犬に、トリックをおすすめする理由|連載・西川文二の「犬ってホントは」vol.159
前回は、興奮時の吠えや飛びつきなどの困った行動をトリック(芸)に代えて軽減させる方法を提案しました。今回は、トリックを教える別の理由を、西川先生が語ります(編集部)。
パピークラスは社会化とケアへの慣らしが中心。初級クラスに進むことを前提としてカリキュラムは組み立てられていますから、基本すべての参加者は、初級クラスを終えることとなります。
初級クラスは、全7回。オスワリやフセでのマテ、引っ張らないお散歩、オイデなどコンパニオン・ドッグに必要な基本的なトレーニング項目の他、オテやゴロン(寝転んでおなかを見せる)などのトリックを何かひとつ教えてもらう、ということもカリキュラムに入れ込んでいます。
「トリックを何かひとつ」
このお約束は、23年前の記念すべき初めてのクラスから今日まで続く、ひとつの伝統となっています。
伝統とはいっても、トリックを考えて教えてもらう、その意味は23年前と現在とでは違います。
その違いとは何か。それを今回はお話しします。
力ずくで教えることが主流だった時代
私が犬のしつけ方教室を始めたのは1999年です。当時はまだまだ番犬が過半数を占める時代でした。
オスワリはお尻をぐいと手で下に押し下げる。マテは動いたらリードをぐいと引き首にショックを与える。引っ張りも同様に、引っ張ったら首にショックを与える。
トレーニングのやり方も、力ずくで教える強制的な方法が一般的でした。
もちろん、私のスクールは発足当初からフードを握り込んだグーの手で好ましい行動に導き、好ましい行動を犬がとったら報酬を与える、というトレーニングスタイル。強制的な方法とは真逆のやり方をアドバイスしていたわけですが、飼い主はつい強制的にやらせようとしてしまう。
ほめるトレーニングとは……を伝えるため
マテのトレーニングではカーミングシグナルを見せる犬が、トリックを教えているときはイキイキした表情を見せる。
「マテもそのトリックも何か行動を教えるのは一緒。トリックを教えるように、マテを教えればいいんですよ」
そうクラスのなかで話すと多くの飼い主は、そういうことかと気づいてくれるのです。
「力ずくでなくとも、やらせようとすればするほど犬はストレスを感じて、結果その行動を取らなくなる。逆に、できそうなことをほめながら教えていくと、犬は喜んでその行動をとるようになる」
初期のクラスにおけるトリックを教える意味は、そうしたことを飼い主に身をもって理解してもらうためだった、ということです。

コミュニケーションの時間をあえて作り出すため
それに伴い、「なぜトリックを教えることが課題だったか」ということの説明も変えてきました。
家庭犬のトレーニングにはゴールがあります。
オスワリやフセでのマテ、引っ張らないお散歩、オイデなどを教えるのは、日常生活を、快適に、安全に、ストレスなく過ごせるようにするためです。
トレーニングを積み重ねていくと、トレーニングはやがてゴールを迎えることとなります。
ゴールを迎えるということは、教える、教えられる関係が終わりを迎えることでもあります。
教える、教えられる関係が終わる。それはコミュニケーションの時間が減っていくことも意味します。
例えば、人間の子どもとお母さんの関係。成長に従い、しつけ面でも勉強でも教える、教えられる関係は希薄になっていく。それに伴い、コミュニケーションの時間も減っていく、それと同じです。
そこで、「教える」「教えられる」関係をあえて作り出す、そのための手段がトリックなのです。
「しつけのトレーニングにはゴールがある。トリックを教えることにはゴールがない。のちのちコミュニケーションの時間をあえて作り出すためにトリックは役立つ。その予行練習をしてもらうためにトレーニングの課題に入れている」
現在のクラスでは、そうした説明をしている次第です。
「トリックをなにかひとつ」、その課題の意味の昔と今との違い。
以上、するっとまるっとエブリシング、ご説明いたした次第です。

連載・西川文二の「犬ってホントは」は今回が最終回となります。ご愛読いただきありがとうございました。
西川文二氏 プロフィール
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