犬がかかりやすい病気のひとつ「腎臓病」。初期段階では症状がわかりにくく、気づいたときには重症化しているケースもあるので注意が必要です。今回は、犬の腎臓病の症状や原因、治療法、食事管理、予防法などについて、専門家監修のもと解説します。
岡田 ゆう紀 先生
Yuki Okada, DVM, PhD, DACVIM, Board Certified Veterinary Nutritionist®
アメリカ獣医内科学専門医(栄養科)
Seven Hills Veterinary Hospital(SF, California) 経営パートナー
Veterinary Nutrition Specialty Service(San Rafael, California) 代表
●経歴:
カリフォルニア大学バークレー校、ミシガン州立大学獣医学校卒。’05年より加州で一般臨床経験後、’14年より日本獣医生命大学 獣医教育推進室の助教に。’17年同大学にて博士号取得。
現在、サンフランシスコの一次診療病院の経営パートナーの傍ら、アメリカ獣医内科専門医(栄養科)として臨床栄養診療・コンサルティングサービスを提供している。
2022年米国獣医栄養専門学会の口頭研究発表で受賞。「北アメリカヒルズセミナー」「ロイヤルカナンジャポンベテリナリーシンポジウム」等、栄養管理のテーマでのセミナー登壇実績や、学会での講演も多数。
●著書:
“Nutrition for the Hospitalized Patient and the Importance of Nutritional Assessment in Critical Care” in Advances In Small Animal Care(Elsevier) ほか
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犬の腎臓病とは
腎臓病とは、何らかの原因で腎臓が正しく働かなくなることで、腎機能が低下してしまう病気 です。
そもそも腎臓は、血液をろ過して尿(おしっこ)をつくり出す臓器。尿を排泄する過程で、老廃物を体外に送り出す働きをしているほか、赤血球をつくったり調整したりする働きや、骨を強くする働きなども担っているため、うまく機能しなくなると、さまざまな不調が見られるようになります。
とはいえ、発症してもすぐに明確な症状があらわれるわけではないため、気づいたころにはかなり進行してしまっているケースも。そのため、腎臓病はがん・心臓病と並んで、「犬の3大死因」のひとつ ともいわれているのです。
犬の腎臓病の症状
腎臓病は「急性腎臓病(急性腎障害)」と「慢性腎臓病」 の2つに分けられます。それぞれの特徴や主な症状は、以下のとおりです。
急激に症状が悪化する「急性腎臓病(急性腎障害)」
急性腎臓病(急性腎障害)は、突然予兆もなく発症し、数時間~数週間という短期間で腎臓の働きが低下する病気 です。急激に体調が悪化して命を落としてしまうこともありますが、早期に症状に気づき適切な治療を行うことで、腎機能が回復するケースも。 しかし、対応が遅れてしまうと治療ができても予後が悪く、慢性腎臓病に移行してしまう場合も珍しくありません。
急性腎臓病(急性腎障害)の主な症状
尿の量が増える/減る or 尿がまったく出なくなる 水をたくさん飲む/飲まなくなる 食欲や元気がなくなる 呼吸が荒くなる 突然ぐったりする、意識が低下する 嘔吐、下痢 脱水 など
徐々に腎機能が低下する「慢性腎臓病」
慢性腎臓病は、数カ月~数年をかけて徐々に腎機能が低下していく病気で、高齢の犬になるほど発症率が高くなる といわれています。慢性腎臓病は急性腎臓病(急性腎障害)と異なり、治療しても完治が望めない ため、症状の進行を遅らせたり、症状を軽減させたりするための治療を行うことが一般的です。
慢性腎臓病の症状
慢性腎臓病は進行度合いや腎機能の状態によって以下4つのステージに分類され、それぞれで見られる症状が異なります。
【ステージ1】
腎機能が正常の3分の1程度にまで低下している状態です。このころは特に目立った症状はありませんが、尿検査で尿比重の低下やたんぱく尿が見られることがあるほか、腎臓の形状に異常が認められる場合もあります。
【ステージ2】
この段階では食欲や元気のある犬も多いですが、水をたくさん飲む・色の薄い尿がたくさん出るなどの多飲多尿の症状があらわれるように なります。そのほか、血液検査でSDMA(対称性ジメチルアルギニン)やクレアチニンの軽度の上昇が見られることも。
【ステージ3】
食欲不振や体重の減少、便秘や下痢、嘔吐、貧血など、目に見えて体調に異変が生じ始めます。 また、血液検査でCRE(血清クレアチニン)・SDMA・BUN(血清尿素窒素)の数値の上昇、血圧検査で高血圧の症状も見られるようになります。
【ステージ4】
腎臓がほとんど機能していない状態で、口内炎や胃炎、アンモニア臭のする口臭などの症状 が見られます。末期になると、老廃物や有害物質の排泄がまったくできずに尿毒症を引き起こし、痙攣(けいれん)などの神経症状があらわれる 場合もあります。
慢性腎臓病の余命
慢性腎臓病と診断された場合の余命は、ステージにもよりますがおよそ1年半~2年 といわれています。ただし、病気が進行し尿毒症になっていたときには、1週間~1カ月のうちに絶命してしまうケースも。
犬の腎臓病の原因
急性腎臓病(急性腎障害)と慢性腎臓病は、以下のような原因で発症するといわれています。
急性腎臓病(急性腎障害)の原因
急性腎臓病(急性腎障害)の原因は大きく、「血液循環のトラブル」「腎臓へのダメージ」「尿の排出トラブル」の3つに分けられます。
血液循環のトラブル
大量の出血や強い脱水症状、血圧の急激な低下、血栓、循環器系の異常などの原因によって、腎臓に血液や酸素が供給されなくなることで発症します。
腎臓へのダメージ
後述する腎毒性がある物質を摂取したことや、急性の腎炎・感染症などにより、腎臓が急激にダメージを受けたことが原因で発症します。
尿の排出トラブル
腫瘍による尿道閉塞や結石、事故による膀胱破裂などが原因で、尿がうまく排泄できなくなることで発症します。
慢性腎臓病の原因
慢性腎臓病には加齢なども関係してきますが、腎臓に障害を起こす疾患が原因となるのが一般的です。腎臓に障害を起こす疾患は多数ありますが、主な原因として挙げられるのが、「糸球体腎炎(しきゅうたいじんえん)」と「腎盂腎炎(じんうじんえん)」 です。
糸球体腎炎
腎臓にある血液をろ過する「糸球体」に炎症が起きる病気で、フィラリア症や免疫疾患が関係するといわれています。また、尿にたんぱくが出るという特徴もあります。
腎盂腎炎
尿路結石や膀胱炎、細菌感染などによって、尿管と腎臓をつなぐ「腎盂」に炎症が起きる病気です。膵(すい)炎や腸炎などを併発することもあります。
腎臓病にかかりやすい犬の傾向
シャー・ペイやブル・テリア、ボクサー、イングリッシュ・コッカー・スパニエル、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、ウエスト・ハイランド・ホワイト・テリアといった犬種が腎臓病にかかりやすいといわれています。
ただし、前述したように腎臓病の原因には、事故による臓器損傷や加齢なども関係してくるため、すべての犬種がかかる可能性があると考えたほうがよいでしょう。
犬の腎臓病の動物病院での治療法
腎臓病と診断されると、動物病院では主に以下のような治療が行われます。
点滴
できるだけ早く尿を体外に排出させるため、また、脱水時の水分補給のために、血管から輸液(水分や電解質など)を点滴で投与します。主に急性腎臓病で行う治療法ですが、慢性腎臓病の場合でも、ステージや症状によっては輸液の投与や皮下点滴を行うことがあります。
投薬治療
腎臓病により引き起こされる高血圧、尿蛋白症(にょうたんぱくしょう)、ミネラル異常や貧血、吐き気や嘔吐、食欲不振、便秘に対する内科治療を行います。
透析治療
人のように、人工透析や腹膜透析などを受ける治療もあります。ただし、透析治療は入院や費用の負担が大きく、受けられる施設も限られているので、よく確認するようにしましょう。
犬の腎臓病の食事療法(食事管理)
慢性腎臓病の治療では、症状の進行を遅らせ、現在の腎臓機能を維持するために、腎臓に負担をかけるリンや塩分、老廃物をつくるもととなるたんぱく質の量を制限し、またカルシウムとカリウム異常にも配慮した、腎臓ケア専用の療法食 を用いた食事管理を行うことが最も推奨されています。
食事管理を行う際は、以下の点に注意するようにしましょう。
手作りのフードは与えないほうが安心
手作り食で栄養バランスを取るためには、多くの知識と労力が必要 です。腎臓病の犬には療法食が最も手軽で安全なので、自己判断での手作りのフードは避けたほうがよいでしょう。もし好き嫌いが見られた場合は、アメリカ(ACVIM(Nutrition))やヨーロッパ(ECVCN)の臨床栄養専門医にレシピの監修を依頼するという方法も。
なお、硬いフードを嫌がる犬や、フードが変わると食べなくなる犬の場合は、ウエットタイプの療法食やサプリメントを利用するほか、フードを温めてから与えるなどの工夫を行うのがおすすめです。
むやみにトッピングするのもNG
療法食を食べないからといって、むやみにおやつや野菜、肉などをトッピングしないようにしてください。特に以下のような食材は与えると危険なので、十分な注意が必要です。
腎臓病の犬に与えてはいけない食材
ささみなどの肉類はリンやたんぱく質を多く含み、腎臓病の悪化・進行の大きな原因となります。そのほか、カリウムの多いものは極力避けましょう。
犬の腎臓病を予防・早期発見するためにできることは?
腎臓病を直接的に予防する方法はありません。しかし、日ごろから健康的な生活を心がけ肥満を防ぎ、愛犬の異変を早期発見・対応することは、腎臓病の予防につながるといえます。
定期的に健康診断を受ける
体調の異変や病気の早期発見のために、年に1~2回、定期的に健康診断を受けておきましょう。腎臓のろ過機能低下による異常が発見される場合もあるので、血液検査と尿検査を受けることもおすすめします。
日ごろから排尿時の様子や尿の状態を確認する
腎臓病を発症すると、排泄時の様子や尿に何らかの異常が見られます。尿の色や量、回数はどうか、トイレに行ったときにしっかり排泄できているか、排尿時に痛みを感じて鳴いていないか など、日ごろからチェックしておきましょう。
脱水状態にならないようしっかり水分補給をさせる
脱水状態は腎機能が衰える一因になるため、いつでも新鮮な水が飲める環境を整えて、しっかり水分補給をさせましょう。ウエットフードなどを取り入れて、食事から水分を摂取させるのもおすすめです。
中毒性のあるものを近づけない
ぶどうやレーズン、イブプロフェンなどの成分が含まれる人の風邪薬、不凍液の原料として使用されるエチレングリコールなどは、犬にとって腎毒性物質 といわれています。犬が誤って飲み込んでしまわないよう、これらには絶対に近づかせない、近くには置かないことを徹底してください。
運動で体を動かす
健康を維持するためにも、日ごろから運動させることをおすすめします。愛犬が高齢の場合はあまり無理をせず、できる範囲で体を動かすようにしましょう。
口腔内の健康を保つ
歯周病が悪化して細菌や炎症物質が体内をめぐると、腎臓にも影響をおよぼすことがあります。慢性腎臓病と診断された犬には、歯周病の進行が見られることも多いため、歯周病にならないよう口腔内の健康を保つことが大切です。
そのほか、愛犬の体調に関して心配や悩みごとがある場合や、腎臓病の治療等に関して気になることがある場合は、以下のようなサービスもあるので参考にしてみてください。
日ごろから愛犬を観察して腎臓病の早期発見・治療につなげよう
愛犬の健康と命を守るためにも、日ごろから愛犬の様子をよく観察しておき、腎臓病が疑われる症状や何か異常が見られたら、すぐに動物病院を受診することを心がけましょう。
犬の腎臓病については以下の記事でも詳しく解説しているので、あわせて確認してみてください。
監修/岡田ゆう紀先生(Yuki Okada, DVM, PhD, DACVIM, Board Certified Veterinary Nutritionist®、アメリカ獣医内科学専門医(栄養科))
文/長谷部サチ
※記事と写真に関連性はありませんので予めご了承ください。